艦長室の前で、ドアに触れるか否か迷う。
迷うくらいならこのデッキにくるなと、頭のなかで声が聞こえた気がした。
ふと気になった程度だった。
カタリストなるものの正体を掴む直前、突如現れたサーベラスによる妨害。
手のひらに乗った蝶が、指に捕らわれるより早く羽ばたくように、我々は何も掴めず、惑星セッシアはリーパーの手に落ちた。
しかし、これは勝利の鍵が、最大の敵から邪魔な組織の手に渡っただけで、我々の敗北が決定したわけではない。
それに、この程度の被害が予想できないほど、このサイクルの知的生命体は愚かでは無い筈だ。と思っていた。
実際は、あの若いアサリ…ティッソーニが故郷を失ったことで失望し、船内もいつも以上に静まり返っていたわけだ。
だからティッソーニが貨物室へ来たときに事実を言ってやったのに、あろうことか奴は逆上してきた。
その怒りをリーパーにぶつければいいものを、若さとは時に厄介なものだ。
かかってくるなら逆に潰せば大人しくなるだろう、そう構えたところでティッソーニを止めたのは、偶然貨物室へ足を運んだ少佐だった。
そこで、多少だが私も冷静さを失っていたことに気付く。
今すべきことは身内の士気を落とすことではない、それでは敵の思うツボだと。
気付いてから口をついて出た言葉は、案外あのアサリの精神にも届いていたらしい。
何故か少佐や他のクルーからも感謝された。
改めて、このサイクルの"仲間"という概念の強さを知った。
いや、ノルマンディーのクルーに限ったことかもしれないな…
呆れたと同時に、羨ましいとも思った。
我々の時、もしも他の種族と手を組もうとなどと宣う輩がいたら。その輩に賛同する者がいたなら。互いを思いやるということを真剣に考えていたら…いや、過去のことは過去だ。いくら考えたところで無駄というのは嫌というほど知っている。
サーベラスが研究に使っている可能性がある施設を発見したという情報があり、ノルマンディーが進路を決めた後、少佐が自室である艦長室へ向かうのを見かけた。
その横顔がやけに疲れて見えた。
それが私がここにいる理由だ。
クルーに気をかけたせいだとしたら、その中には恐らく私とティッソーニの件も含まれる。
詫びておくべきかと考えた。
らしくないことは百も承知だが、私もクルーとして冷静であるべきであり、艦長に負担をかけたのは事実。
軽く意を決してドアに触れると、ロックはかかっていなかったようですぐに艦長室が姿を表すが、少佐が見当たらない。
少し踏み入ったところで、部屋の奥のベッドに横たわる少佐が見えた。
どうやら眠っているようだ。
だったらドアをロックしておくべきだろう…妙なところで警戒心が薄いヒューマンだ。
邪魔をすまいと立ち去る寸前に、ふと少佐とのの会話が脳裏によみがえった。
"私はこのサイクルを学びたいだけだ。相手がどうなろうと知ったことではない。…つがう相手なら他を当たってくれ"
"嫌だって言ったら?"
"…冗談だろう?"
"ふふ、さあね"
あの時の少佐の本意はわからない。
からかっているのかとも考えたが、少佐の目にわずかながら熱がこもっていたのに気付いてしまった。
他の相手の臭いもしない。
…何故、私なんだ。
ベッドに腰掛け、少佐の髪に触れてみた。
指通りが悪いわけではないが、良くもない。
常に戦場を駆け抜けているのだから当たり前だろう…髪より気にかけるものが星の数より多いのだ。
気休め程度だが、なんとなく気になったので手櫛で少しずつ少佐の髪を鋤いてみる。
妙な気分だ。これから戦いに行くということを本当に忘れてしまったような…穏やか、とでも言うのだろうか。
指が少佐の耳にかすった瞬間、瞼が僅かに動くのを見て、指が髪に絡まったままだというのに反射的に手を引いてしまった。
「いたっ」
「!」
早々に立ち退いておくべきだったと後悔の念に駈られる。
「手櫛、気分良かったのに…いきなり引っ張らないでよ」
「すまな………少佐、起きていたな?」
「あら、わかっちゃった?」
悪戯っぽく笑われる。
やはり立ち退いておくべきだった…
思わず片手で顔を覆ってため息を吐く。
「お望みなら黙っておくけど?ああ、それと私に何か用かしら」
「是非そうしてくれ。…用というほどのものではないが…疲弊したように見えたのでな」
「…心配してくれたの?」
驚いた、と言わんばかりに少佐が上体を起こす。
「違う、ティッソーニの件で迷惑をかけたことを詫びに来た」
「なんだ、残念。…でもあなたが謝りに来るなんて意外ね」
「少佐が来なければ、奴も私もリーパーの術中にはまっていただろう…危うくクルーが使い物にならなくなるところだった」
「そう…リアラを止めてよかったわ。プロセアンはまだ絶滅させられないものね」
解釈を間違われたのかと眉をひそめたが、面白がるような表情を見て更に皺が寄った。
「それは違う…私なら返り討ちにできていた」
「あら、わからないわよ?任務でリアラのバイオティックを見てなかった?」
「お前こそ、任務で何を見て………。…いや、用は済んだ。邪魔したな」
にやにやと笑う少佐に、これはこちらがムキになるほど面白がらせるだけだと悟る。
「邪魔じゃないわよ」
立ち上がろうとした動きが止まる。
「睡眠を取ろうと思ったけど、また悪夢を見る気がして眠れなかったの。いっそお話を続けて起きていようかしら」
「その話役に捕まったわけか…つくづくついていないな」
「強制はしないけど?」
「いや…眠れ。魘されたら起こしてやる」
睡眠不足で任務に支障が出るのは困る。
誰かが死ぬかもしれない状況では、出来る限りの体調管理も重要となる。
それに、私に目的地までの時間を会話で紛らせられる話術はない。
「…そう?それなら甘えちゃうけど」
意外そうだが少佐は素直に頭部を枕に乗せた。
ベッドに乗せていた手を取られ、掌が合わせられる。
改めて露になった違い。
肌の色も、骨格も、指の本数でさえ一致しない。
そんな手が合わせられる情景があまりに奇妙で、他人事のようにしばし目を奪われた。
「あなたは悪夢に対しても経験豊富そうね」
「ああ…数えきれないほどひどい夢を見た。だが…そのほとんどは忘れた。今では夢を見たという事実しか思い出せない」
「羨ましいわ」
「それでも未だに忘れられない夢がひとつある…。お前はそういったものに囚われないほうがいい」
「あなたが忘れられないほどの夢、気になるわね。差し支えなければ聞きたいわ」
「……幼少の頃を夢に見た」
私が生まれた時には、既に銀河はリーパーの脅威にさらされていた。
物心ついたときには既に兵士として教育され、両親の顔や声も、兄弟がいたのかすらも知らない。
「だというのに暗闇で私を呼ぶ声が聞こえるんだ。夢の中の幼い私はそれが両親の声だとわかり、無我夢中で走るが、暗闇のなかでは彼らの姿はいくら探しても見つからない。そしてようやく光が見えて、両親に会えると思い走ると、光の先は地獄だった…つまらん夢だ」
「…悪い夢は人に話すと早く忘れられるっていう地球のジンクスがあるの。あなたも忘れられるといいわね」
「…ああ…」
少佐は軽く微笑んで見せると、瞼を閉じた。
いつの間にか手を握られていたが…まあいい、振り払う理由もない。
しばらく見ていると、穏やかな寝息が聞こえてきた。
"プロセアンは恋愛をするのですか?"
少佐の寝顔を見つめながら、ティッソーニの質問を思い出した。
考古学者として訊きたいことはあらかた終わったらしく、ようやく終わるかと思えば今度は歴史なんかと関係ない質問を並べだしたのだ。
あの時私は"しない"と答えた。
しかし本当の答えは"わからない"だった。
当時、我々はそんなものに気を配る余裕などなく、男女間で結ばれるのは生殖の契約だけだった。
私もそうだ。互いに種を絶滅させまいと契約し、女が子供を産む。
その後は施設に預けたのだろう、子供の成長を見たいという願望もない。
ただ戦うことだけに専念した。
だから私は恋愛感情というものを知らない。
プロセアンにそんなものはないと信じていい程だ。
しかしリーパーが現れる前はどうだっただろう、私が知っているのはプロセアンの歴史と、我々の文明がいかに優れていたか、それだけだ。
庶民的な、個人が何を考えて過ごしたかなどは憶測でしか測れない。
もしこの戦いで勝利を納めれば、おそらく平和が訪れる。
その時、少佐とならば…ティッソーニの質問に対する新たな答えが見つかるかもしれない。
そんな馬鹿なことを、暖かな手を感じて思った。
ブログのロマンス妄想と繋げやがりましたごめんなさい←
こんなロマンスあったらいいな話です。
そういやホライゾン突入前のロマンスシーンは妄想してなかったと思いまして。
ジャヴィックさんはDOTEIじゃないだろうという願望を添えてしまいましたてへっ☆
ジャヴィックさん×シェパ子妄想楽しいんですが、自分の文才のなさを痛感します…