池袋の地下、闘技場の廊下にて。

変わり種が欲しいというアンドヴァリの提案に、興味本意で耳を傾けるバティムが、その内容に不服を漏らすことは当然であった。

 

「オレっちに?この輝かしい体を洋服で隠せって?」

「お前の拘りはわかってるつもりだ。けどたまにはマイノリティな需要に答えても良いんじゃねぇかと俺は思うわけよ」

 

バティムにとって己の体こそが究極の美であり、美学そのものであるということは、アンドヴァリも重々承知している。

しかしずっと同じ供給では客が飽き、稼ぎに影響が出ることは、長く商売を続けてきた彼の経験から予測できることだった。

 

「いくらお前の元ご主人様達が熱狂的っつっても、人間ってのはいつか必ず飽きるもんなんだよ。まぁサービスだと思って考えてくれや」

「え~~……」

 

参考にと渡された写真に、バティムの耳が垂れる。

スマートなモデルがフォーマルにベストを着こんで街を歩いている写真だ。

自分も着れば似合うのだろう、しかしやはり乗り気にはなれない。

そもそもこんなカッチリした服を着るなんて、自分の体に自信がないと言っているようなものだ。

やはり断ろうとバティムは口を開く。

 

「そういえばお前のご主人様もこういうの好きって言ってたぜ」

「オレっち着るわ」

 

バティムの決断は早かった。

 

 

 

たとえ一度だけだとしても、己を着飾るものに妥協は許されない。

高級ブランドの店に並ぶ洋服をこれでもかと吟味する。

デザイン、色、素材など、この毛並みの色と合うものを自分のセンスに任せてチョイスした。

自分の紫と喧嘩しない程度のグレーベストと、ホワイトのズボン。

靴もグレーとブラックのモノクロで合わせることにした。

しっかり着込むと自分の体が完全に隠れてしまうので、ほどほどに崩す。

特に胸元は毛並みのせいで窮屈になりがちなので大きく開けた。

 

これ以上無い程似合っている自信はある。

あとはカメラマンを呼んで写真を撮影するなどすれば良いのだが、初のお披露目は自分のサモナーにしたいと彼は考えた。

あわよくば自分に堕とせないかと淡い希望を持ちながら。

 

 

 

池袋駅に近い待ち合わせ場所で、バティムは自分のサモナーを待っていた。

冗談めかした態度も関係しているのだろうが、普段はこちらがアプローチを図ってもさらりと流されてしまうので、彼女がどう反応するのかワクワクしてしまう。

無意識に彼の尻尾もそわそわと揺れていた。

 

と、駅の方角からこちらに歩いてくる人物が一人。

いつもの制服ではなく、学生らしく少しだけめかしこんだサモナーである。

 

さぁ、さぁ、オレっちのこの抜群センスで選び抜いたこのコーディネート、どうよ!?

 

もっともかっこよく見える角度も完璧、うっかり惚れられても仕方がない。

自信満々に構える…が、いつまでたっても反応がない。

というか目の前にいるのにキョロキョロしている様子を見るに、こちらに気づいていないようだ。

え、嘘でしょ?とバティムはサモナーの肩をつついた。

 

「ちょっとちょっとご主人ちゃん!無視とか酷くない!?」

「えっ?あ、バティム!?ええっ!?バティムが服着てる!!」

「オレっちがいつも全裸みたいな言い方しないで!?」

 

誤解されかねない発言に思わず叫ぶ。

すぐにごめんと謝罪が入った後、キラキラした目がバティムを見上げる。

 

「すごい!かっこいい…!これどうしたの?」

「いやぁ~ご主人ちゃんがこういうの好きって聞いたからさ、ご主人ちゃんの好みに合わせてみるのもいいかなーって思ってね」

「え、確かに好きだけど誰に聞いたの?」

「アンドヴァリ」

「ああ…」

 

そういえばこの前、唐突に写真を見せられて尋ねられた気がする。

女子の需要がなんたらって言ってたから、バティムのファンに写真を売る気なのだろう。

 

確かに自分の好みではあるが、物は言いようだな、とサモナーは少しがっかりしたが、これもバティムがこの世界と絆を保つことに繋がるのだと思い直す。

 

「バティムのファンが見たらかっこよすぎて卒倒しちゃうね」

「ま、オレっちは服着ても輝いてるからな。ご主人ちゃんも魅了されちゃっていいんだぜぃ?」

「はいはい」

「またそうやって流す~。せっかくのデートなんだからもうちょっと素直になってくれてもいいのにさぁ」

 

口を尖らせるバティムに、サモナーはきょとんとした。

 

「え?お出掛けでしょ?」

「え?デートっしょ?」

「いやいやだってお買い物とかするだけ…」

「そういうのデートって言うんじゃん!」

 

デート 【date】とは。 [名](スル)1 日付。2 男女が日時を定めて会うこと。

 

バティムがこれ見よがしにスマホを突きつける。

 

「ほら!ほら!」

「う、うーん…じゃあデートってことになるのかな…」

 

ものによっては「男女」の部分が「恋人」と書かれることもあるのだが、バティムは知らないふりをする。

少しでもサモナーには心を許してほしいのだ。

 

 

 

「まさかとは思うけど、試合もその格好でやるの?」

「プハッ、そんなわけないじゃん!これじゃ動きづらくてしょうがねぇ。

それにたくさんのファンがオレっちを見てるのに、せっかくの輝いてるオレっちを服で隠すなんて勿体無いっしょ!」

「ふーん…」

 

わかる、オレっちにはわかるぜ。

言葉はいつも通りそっけないけど、ご主人ちゃんの視線が明らかにオレっちに集中しているのがな…!

 

デートの最中、ショッピングやバーサーカーズを恨む輩達とアプリバトルなどして池袋の街を巡ったが、その間かなりの頻度でサモナーがバティムを見つめていた。

帰る頃合いだからと駅に向かって歩いている今でもそうである。

彼の場合、普段着の方が目のやり場に困るせいでもあるのだが、確かにサモナーはベスト姿のバティムに釘付けと言えた。

この結果に喜ぶ反面、服のおかげというのが彼にとっては複雑だ。

 

「ご主人ちゃん…そんなにオレっちのコーディネート気に入った?」

「え!あ、うん…ごめん、ずっとじろじろ見ちゃって」

「いつものオレっちをじろじろ見てくれた方が嬉しいんだけどな~?」

「…」

「あー!ごめんってそんな冷たい目しないで!」

 

変態じみた発言にサモナーの冷ややかな視線が刺さる刺さる。

 

「そりゃあいつものバティムも輝いてる…とは思うんだけど、今の方が安心して見られるんだよね」

 

つまりオレっちが輝きすぎて眩しいって事…という言葉を飲み込み、バティムはふと思い立つ。

 

「そんな気に入ってくれたんなら、ご主人ちゃんとデートの時だけに、この服着てもいいぜ?」

「へっ!?いやそんな、悪いよ」

「え~なに遠慮しちゃってんの。オレっちとご主人ちゃんの仲じゃん。素直になればいいのに」

「……じゃあ言うけど、かっこよすぎて困るから程々にしてほしい…かな」

「……………………え?」

 

聞き間違いではなかろうか。

そう思ってサモナーを見下ろすと、俯いても見える彼女の耳はほんのり赤くなっていた。

 

やだ…オレっちのご主人ちゃん可愛すぎ…

 

滅多に見られないサモナーの姿に思わず抱きしめて頬擦りして魂をいただきたくなってしまうが、ここはグッとこらえる。

今やってしまっては非常にもったいない気がしたのだ。

だから頬擦りまでにしておいた。

ここが駅前でも構うものか!

 

「んもーーーご主人ちゃんはどこまでオレっちを夢中にさせる気なわけ!?」

「うわっ!ちょっとバティム…!人前で…!」

「アンドヴァリの口車に乗った甲斐あったかもな…」

「そ、そうだよその格好、私よりファンの人たちに」

「服着てみろとは言われたけどこれに限ったことじゃないっしょ?その時はまた別の雰囲気のにするし。だからフォーマルなのが見られるのはご主人ちゃんだけの特権にしようかなって」

「や、やめてよ…」

「なんで?オレっちに溺れちゃいそうだから?」

「う……」

 

真っ赤な困り顔では、肯定しているようなもの。

自分が数多の人間を魅了してきた悪魔だから、彼女がそうなるまいとわざと素っ気ない態度を取っているのは知っている。

故に思わず顔がにやけてしまう。

 

「あ…バティム、頭に埃ついてる」

「うぇっ?どこどこ?」

「取ってあげる」

 

バティムが頭を下げると、ふさふさの頬に人間の柔らかい手が触れた。

その後に一瞬だけ、額に唇が寄せられる。

 

「え」

 

驚いて顔を上げると、そこには頬を染めてはにかむ彼のご主人様。

 

「なんか今日はずっとドキドキさせられちゃったからお返し。じゃあね、楽しかったよ!ありがとう!」

 

呆然とするバティムをよそに、サモナーは逃げるように駅の改札へと走っていってしまった。

 

あぁ、あの顔が他のご主人サマ達みたいになるのは、やっぱりまだ見たくないな、と脳裏に焼き付いた笑顔を思い浮かべながら、バティムはぼんやり考えたのであった。

 

 

後日、バティムのクローゼットに"ご主人ちゃん専用スペース"が設けられ、新たに彼女好みの服が追加されたのはバティムのみが知るちょっとした秘密である。